大地の恵みを楽しむ「研究室」
(東広島市)
posted on 2020.4.11
text&photo by Takamasa Kyoren
誰かを好きになるための第一歩は、相手をよく知ろうとすることだろう。「へぇ、意外とそんな面があるんだ」「こんな場面で一番、輝くやつだったのか」。同じ時を過ごし、理解を深めて好きになる。
そうしたプロセスは、相手が野菜でも同じこと。東広島市の山里では、身近な野菜とじっくり向き合い、五感で魅力を探る活動が芽吹いている。料理教室「野菜Labo(ラボ)」。同市豊栄町の野菜料理人・田野実温代(たのみ・あつよ)さん(29)が手がける。土が育む恵みをおいしく、楽しくいただくための「研究」の場だ。
調理作業に交じって参加者と話す田野実さん(左から3人目)
2月半ばの朝、東広島市福富町の上戸野(かみどの)地域センターで、地元の女性たちが大玉のハクサイを囲んでいた。
「まずは一つずつ、食べてみてください」
切り分けた生のハクサイが入ったバットを手に、田野実さんがおっとりと呼びかけた。
「同じハクサイとは思えないほど、違いませんか」
外側の葉と、中心側の葉。縦に切った芯と、横に切った芯。部位や繊維の残し方で、味も食感もまるで変わる。少し「塩もみ」をすれば、さらに印象は変化するのだという。
「献立や好みによって、使い分けてみたらいいですね」
教室の冒頭、部位や切り方の違う生のハクサイをガブリと味わう
この日の野菜Laboのテーマは旬のハクサイ。参加した町内の女性10人は5品の調理に臨んだ。
〇ハクサイのポタージュ
〇練りごまハクサイサラダ
〇ハクサイポテトサラダ
〇ハクサイとエノキの和風パイ
〇ハクサイごはん
いずれも田野実さんが試作を重ね、レシピをまとめた。外葉、内葉、全葉―。それぞれ、最も合うハクサイの部位も示した。
「まぁ! メニューが斬新」
「私らじゃ、思いもつかんよ」
女性たちが口々に言いながら、担当するメニューの班に分かれる。
「うわっ。この班は大ざっぱな人間ばっかり。大丈夫かね」
大きな笑い声が上がった。
ハクサイポテトサラダ
ハクサイとエノキの和風パイ
器や盛り付けひとつで華やかさが増す
ハクサイごはん
ハクサイは参加者の畑で取れたばかり。味噌も米麹から手作りしたものだ。
百戦錬磨の「奥様」たちの手際は、すこぶるいい。サラダで使うハクサイを塩もみする人。パイ生地を伸ばす人。刻んだハクサイを、ポタージュ用に根気よく炒める人。田野実さんも作業に加わりながら、ポイントを伝えて回る。
お昼前に5品が完成。広い和室に移り、にぎやかなランチタイムとなった。切り方、味付け、火加減。みんなが料理評論家となって語り合う、穏やかな時間が過ぎていく。
「家ではいつも、煮るか鍋にするかじゃけ。新しい食べ方を知って、若返った気分にもなるよね」
参加者の一人、藤原栄子さん(71)=福富町上戸野=は目を細めた。
■どん底で見えた野菜の美しさ
野菜Laboは2019年11月に田野実さんがスタートさせた。旬の野菜ひとつを選んで催す料理教室が柱。チャレンジするレシピは、田野実さんが「実験」を繰り返して開発する。
「身近な野菜の、意外と気づいていない『いいところ』をみんなで発見していきたいんです」
田野実さんが力を込める。
田野実さんは宇都宮市で生まれた。東京の大学を卒業後、環境分野の企業に就職。連日夜遅くまで働いた。
3年目のある朝、どうしても布団から出られなくなった。目は覚めているが、体にまったく力が入らない。
「良くも悪くも、気力だけで頑張ってしまうタイプ。知らないうちに限界が来ていたのかも」
しばらく仕事を休んだ。いったん復職したものの、体調は戻りきらず、退職を決めた。貯金を切り崩しながら、先の見えない日々を送った。
そんな時にもただ一つ、没頭できることがあった。料理だった。自分のため、身近な人のために作って、食べる。生物としての力が、じわじわと息を吹き返すようだった。
独学で料理を学び、じきにイベントでの出店や地域での教室開催、ケータリング業務などに関わるようになった。
食材の中でも、野菜に引かれた。大地にはぐくまれ、みずみずしく健康的な「姿」が、たまらなく美しく思えた。知人の誘いで関東近郊の野菜農家を訪ねるうち、「もっと野菜を知りたい」との思いが高まる。「好き」へのプロセスは一気に加速。27歳のとき、全国の野菜農家を訪ね回る旅に出た。
輪になって、和風パイの餡を包む
■私の好きなこと×地域の声と資源=野菜Labo
クラウドファンディングで集めた資金を基に、北陸から九州まで順次、訪問。生産者の思い、仕事ぶりに触れ、「作品」である野菜をとことん味わった。
半年にわたる旅で縁ができた豊栄町へ2019年7月、地域おこし協力隊として移り住む。この町で、自分のスキルで、何ができるだろう。試行錯誤を重ねた。
「あんた、料理が得意なんよね。これ、どうやって食べたらええかね」
近所の人たちからよく、そう尋ねられた。相手の手にあるのはダイコン、ネギ、レンコンなど見慣れた野菜だ。高齢化が進む山あいの町。家族形態や食習慣の変化で、「料理離れ」が進みつつあることも聞いた。
「できることは、これかも」
豊栄の大地が育む野菜。住民の暮らしに当たり前にある、四季の恵み。それらをもっと深く、理解しよう。家庭で作ってもらえるレシピを開発しよう。どうせなら、ひとりでなく、みんなで―。野菜Laboが動き出した。
今は豊栄町内の地域センターなどを主舞台に、お隣の福富町へも活動の場を広げる。豊栄町の郷土料理についてお年寄りから聞き取り、再現する取り組みも始めた。
「この町の家庭の食卓を、もっとにぎやかにできたらいいな」
世代を超えた「共同研究」は実りの季節を見据え、ゆっくりと歩みを進める。(終)
★野菜Laboのホームページ
https://note.com/atsuyo/m/mefca5a124331
★2020年4月11日現在、新型コロナウイルスの感染予防のため、野菜Laboの料理教室は一時休止中。