熟年ルーキーは炭を焼く
(東広島市河内町)
posted on 2020.6.13
text by Takamasa Kyoren
photo by Aya Fujioka,
Takamasa Kyoren
かつて工業用や家庭用の燃料として、全国で大量生産された木炭。一大産地だった中国山地では、あちこちで炭焼き小屋が煙を上げ、山里の人々の生計を支えた。
エネルギー革命によって木炭産業の火が消えて久しい今、広島県東広島市河内町の「新人」たちが、木炭を通じた里づくりに動き出した。古里の山を守り、次の世代に受け渡すため―。
炭焼き窯に入り、焼き上がった木炭を取り出す吉弘さん
小高い山々に囲まれた東広島市河内町小田地区。なだらかな斜面に大小の田畑が広がる。地区を見下ろす山の上には、13世紀に築かれたとされる小田城の跡が。その城跡にほど近い山中の小屋に今年4月、住民男性4人が顔をそろえた。
「さっそく出してみましょうや」
吉弘昌昭さん(81)が呼びかけた。4人は地元有志のグループ「榎谷自然循環型林産物工房」のメンバー。2週間前に火入れをしたばかりの炭焼き窯へ向かった。窯に入れていた木材が炭になっているかどうか、取り出して確かめるのだ。
窯はレンガと粘土で手作りした。吉弘さんが正面の扉を開け、窯の上の穴から電灯を垂らし入れる。窯の内部に、真っ黒な炭が積み上がっているのが見えた。
「あぁ。ちょっと、もろいね」
吉弘さんが、炭を手に取って言う。確かに、握るとぼろぼろと崩れやすい。切り倒したまま山肌に放っておいたカシやアベマキを使ったため、枯れすぎたり腐りかけたりしているのだという。
手分けして炭を窯から取り出すと、段ボール13箱分になった。木は水分が抜け、重さは燃やす前の6分の1ほどに減っている。
「最初はこんなもんでしょう。まぁ使えんこたぁない」
軍手を真っ黒に染めた吉弘さんが、穏やかに笑った。
窯はレンガと粘土でできた高さ1・5㍍、奥行き2・8㍍
取り出した木炭は、軽くてもろいものが目立った
■暮らしの中に 炭があった
木炭は「木を蒸し焼きにして、成分を分解した後の塊」のようなもの。木材中のガスが揮発して、残りのものが炭化する。その多くは、木の組織にくっついた二酸化炭素だ。たき火のように酸素がたくさんある中で燃やした木は「燃焼」してしまい、ただの「燃えカス」になってしまう。酸素の少ない空間で、いかに「燃やさぬように、消さぬように」じっくりと焼くか。熟練の技だ。
「僕らはみんな炭焼き経験ゼロ。新人、新人」
吉弘さんが笑って言う。小田出身の元広島県職員。農業畑を歩み、農業試験場での技術指導などを担ってきた。
人の手が入らず荒れていく古里の山を守ろうと、昨年夏にグループ発足を呼びかけた。10人ほどが賛同。森林保全事業の一環で3年前に住民らが手作りしていた炭焼き窯を拠点に、活動を始めた。
「自分で焼くのは初めてじゃけど、小さい頃から炭で暮らしよったけえ」
と吉弘さん。子どものころ、自宅の裏山には炭焼き小屋があったという。父親にくっついて坂を上り、窯の周りで遊んだ記憶ははっきりと残っている。家での煮炊きや暖房器具は、その窯で焼いた木炭が燃料。炭火のこたつを掃除し、木炭を交換するのが小学校時代の「仕事」だった。
「山を持っとる家はどこも、自前の炭焼き小屋があった。木を切って薪や炭にして燃料にする。灰は畑の肥料に。山菜も採れる。山は、ある程度の自給自足をさせてくれるんよ」
どんな生活様式だろうと、人の営みは否応なく自然を傷つける。そのことを自覚しながら「恵み」をいただいて生きることで、自然への敬意が芽生え、節度が生まれる。暮らしの中で培われてきた感覚なのだろう。
■子どもが楽しめる里山に
グループは今後、木酢液作りやシイタケの原木栽培にも挑む。そして、未来への種まきも大切な使命。子ども向けに、炭焼きやシイタケ栽培の体験教室を手がける計画だ。
「まずはちゃんと炭を焼けるようにならんといけん。打てばキーンと響くような炭をね」
山のオールドルーキーたちの挑戦は、始まったばかりだ。(終)
4月の火入れ式に集まった「榎谷自然循環型林産物工房」のメンバーたち。前列右端が吉弘さん
<木炭いろいろ>
材料や作り方によって、さまざまな種類がある。
最も一般的なのは「黒炭」。ナラ、クヌギ、カシなどを使う。炭化する温度は400~700℃前後。窯の中に入れたまま空気を絶って消火する。柔らかく、着火がかんたんなため、家庭用の燃料や暖房用などによく使われた。今はバーベキューや茶道などで使われる。
備長炭に代表される「白炭」もある。ウバメガシ、カシ類などが原材料。炭化する温度は800℃以上と高めで、窯の外に出して「消し粉」をかけて消火する。硬くて着火しにくい反面、着火すれば炭質が均一で安定した火力が長時間続く。焼き鳥などの調理に好まれる。
竹が原料の「竹炭」は、水環境や土壌の改良用などに使われる。木炭に比べて水分や物質を吸着するのが速いとされる。
<木炭の「得意技」は?>
燃焼するときに発する赤外線は食品を内部から暖め、タンパク質を分解して旨味成分のグルタミン酸などを生成する。ガスの炎と異なり木炭は水分を含まないため、焼き物はカラッとしたパリパリの仕上がりとなる。「炭火で調理するとおいしい!」と言われるのは、こうした炭の特徴が生んでいる。
また、木炭にはたくさんの微小な孔があり、水分や物質を吸い付ける。この性質を活用し、湿度調整、消臭、有害化学物質の吸着などに使われる。孔は微生物の住みかともなり、土壌改良などにも効果を発揮する。
<参考資料>
炭のすべてがよくわかる「炭のかがく」(柳沼力夫、新光社)
林野庁ホームページ「木炭のはなし」 https://www.rinya.maff.go.jp/j/tokuyou/mokutan/index.html